クリヤマの歴史

クリヤマは、1939年に栗山芳雄が「栗山ゴム商会」の商号にて独立開業し、工業用ゴム製品の卸売業社として誕生しました。果てしない顧客ニーズに応え続けるために、当時から多種多様な工業用ゴム製品を取扱い、戦後まもなく海外へと事業展開。世界進出を機に、現在の北米事業を確立させただけでなく、世界中の優れた商品を探し求めて営業展開し、長年の実績がある産業資材事業、工事・施工までを担う建設資材事業とスポーツ施設資材事業を発展させてきました。
どの事業にも創業者の「顧客のニーズに応える」という営業精神と、「顧客の信頼をもとにたゆまなく発展する」という経営精神が引き継がれています。

一人の男の熱意と「ゴム」からはじまった

1939年当社の基盤の確立

壇浦護謨商会に勤務していた栗山芳雄は、取引先メーカーからの信頼も厚く、大いに社業に貢献していました。彼は未知の市場開拓への熱意を抱き、1939年(当時31歳)大阪市西区に「栗山ゴム商会」の看板を掲げ、独立開店しました。

〈営業方針〉

ゴム製造工場からの直接仕入れを原則としていましたが、当時は用途別に数限りなくある工業用のゴムを全般に渡って製造できる工場は皆無でした。しかし、栗山芳雄は「信用と信頼をうけることが成功の根源になる」という理念のもと「顧客の要望する物品をその用途に応じた製品、規格、納期などの要求に適応できる製造工場を満たすことが商業者の任務であり、存在意義がある」と営業要項に掲げ、国内外の多数の仕入先と取引を行いました。この精神は、今でもクリヤマに受け継がれています。

1940年戦争の最中、「栗山護謨株式会社」の設立

資源が不足する戦時中、国の厳しい統制により、軍事以外で〈人〉〈物〉を得ることが厳しい状況でした。このような情勢下で、芳雄は商業者として生き残るには、社会的体面と信用度を向上させ取引先の信頼に沿えるよう、厳しい統制にも対応できる強固な企業体制をとることが先決であると考え、取引先や周囲の賛同を得て栗山護謨株式会社を設立しました。

戦時下を生き残った栗山護謨株式会社

当時、工業用ゴム製品の仕入れは国の統制により、製造工場や商業者へ注文書を出すだけでは入手できない状況でした。そのため、顧客と仕入先の製造工場へ商品や部品を提供するには、直接訪問する等、時間、労力、コストを費さなければなりませんでした。栗山護謨株式会社は、このような厳しい統制の下においても、営業方針に沿って顧客のニーズに応え続け、さらに、直接訪問が困難な遠方の顧客のために、遠方の中でもターゲット市場であった九州と広島に出張所を開設する等して、厳しい戦争下でも成果を上げることができました。
その後、戦争で芳雄自身も応召され、栗山護謨株式会社は本社、倉庫ともに全焼。しかし、従業員が協力して業務を継続し、芳雄復帰後は、関係得意先の協力も得て、本社移転・再建を果たしました。

世界に羽ばたけKRUIYAMA VALUE

1948年海外進出 ~輸出業務の開始~

市場の拡大を図るために、国内需要だけに頼るのではなく、アメリカの各業界に向けて製品の輸出販売を開始。ベビーパンツやキャンパスシューズ、ゴムブーツを輸出しながら、アメリカに人員を派遣しました。現地の客先代理店と共に工業用ゴム製品市場を開拓し、1968年にはシカゴに現地法人クリヤマ・オブ・アメリカを設立。国内ホースの輸出販売を開始しました。

1978年北米事業の基盤確立 ~国内ゴム製品輸出から現地生産販売体制へ~

当初は国内のホースを輸出販売していましたが、1978年にタイガースポリマーとの合弁会社であるタイガーフレックス社を設立し、ホースの現地生産販売を開始。 1984年にはカナダにも現地法人会社設立し、その後は買収を重ねて事業拡大していきました。そして、「ホースの事ならクリヤマ」とまで言われるまでに成長しました。これが、北米グループ発展のはじまりとなっています。

世界の果てまで 資源を求めて道開く商材でも勝負

国内事業の発展 ~クリヤマ初のブランド商品「セムテックス」~
  • 1957年英国ダンロップ社と船の鋼板の塗床材「セムテックス」の販売施工契約を締結
  • 1973年ABAボラーゲン社とホースバンドの輸入独占販売契約を締結

北米への輸出業務の事業展開と共に、国内ではお客様のニーズにあったゴム製品を開発・提供するという産業資材事業の基礎が構築。
日本は戦後の高度経済成長期で、農業や繊維などの軽工業から、鉄鋼・造船・化学などの重化学工業が中心となり、日本の輸出船の受注が国内船を上回り、第一次輸出船ブームと呼ばれる等、造船業が非常に活発な時期でした。クリヤマは重化学工業製品に事業展開の主眼を置き、1955年広島に出張所を開設し、1956年には当時造船業が著しく発展していた長崎に出張所を開設しました。そして、業績の拡大を図るため船体甲板用分野の製品開発を行いました。市場調査の結果、英国ダンロップ社のデッキカバーリング材の代理店交渉を行い、1957年には、船の甲板の塗床材「セムテックス」の販売施工契約を締結。初のクリヤマブランド商品となり、日本の造船会社から支持される船舶部門の主力商品となりました。
さらに、1973年にはスウェーデンのABAボラーゲン社(現在のNORMA社)とホースバンドに関する輸入独占販売契約を締結し、幅広い産業分野の顧客に対応しました。

セムテックスが使用された船体甲板セムテックスが使用された「おせあにっくぐれいす号」

重化学工業から快適・安全な都市環境作りへ
  • 1971年アメリカの大手カーペットメーカーが開発した合成芝生の日本での独占販売権を獲得
  • 1974年スウェーデンのウイカンダー社とプラストコルクの販売契約
    日本初、輸入コルクタイル(床材)の販売を開始

セムテックスを先駆けとして、クリヤマは世界中から優れた商材を日本に輸入し、営業展開することとなりました。1974年には、コルクタイルをスウェーデンの会社から輸入し、販売・施工を開始。
それまで建設分野のゴム資材については、道路・土木現場で使用される道路用ジョイントや、港湾現場で使用されるPC桁板用ゴム沓・ゴム防舷材、鉄道で使用されるゴムをはめ込んだホーム先端用タイルを取扱っていましたが、自社ブランドとなる商材の探求にも注力するようになりました。

防舷材ホーム先端用タイル道路用ジョイントコルクタイル

スポーツ施設床材の輸入で、国内の体育施設業界に革新を
  • 1981年フランス・BAT社(現GERFLOR社)と体育館用長尺弾性床材「タラフレックス」の国内総販売代理店契約締結
  • 1982年イタリアのモンド社と陸上競技場用全天候型トラック舗装材「スーパーX」の国内総販売代理店契約締結

タラフレックスは木質系フローリング材が主流の日本の体育館床材に対し、またスーパーXはゴム製である特徴と独特の形状等から、それまで大きく注目されていなかった競技性と安全性の両面の重要性についての提案を行い、国内市場に革新的な影響を与えました。